古代の製法を現代に再現したレスペクチュスパニス製法とは?
レスペクチュスパニス製法はフランスで話題となった新しい製法で、近年、日本でも多くのパン職人によって取り入れられています。
短いミキシングと長時間の発酵が特徴で、小麦の旨味や甘みを最大限に引き出す製法として注目されているんですよ。
今回は、古代の製法を現代に再現したと言われるレスペクチュスパニス製法について、掘り下げていきたいと思います。
レスペクチュスパニス製法とは
そもそも、レスペクチュスパニス製法という名前を初めて聞いたという方も多いのではないでしょうか?
レスペクチュスパニスの意味
まずは、レスペクチュスパニスという言葉の意味から紹介します。
ラテン語でレスペクチュス(respectus)は「敬意」、パニス(panis)は「パン」の意味です。
レスペクチュスは英語のリスペクト(respect)の語源となる言葉なのです。
レスペクチュスパニスはパンへの敬意を意味し、レスペクチュスパニス製法は、古代のパンに敬意を表す製法、つまり本来のパンの作り方に回帰しようという考え方です。
レスペクチュスパニス製法とは
レスペクチュスパニス製法では、酵母は通常の10分の1、塩は3分の2と分量を減らし、ミキシングの速度はゆっくり短時間で済ませ、発酵は18℃で18時間と長時間おこないます。
さらに小麦粉も品質の良いものを用い、T80(タイプ80)という小麦粉をブレンドして使うことが推奨されています。
フランスの小麦規格では、小麦の灰分率と抽出率によって種類が分けられています。
T80はフランスの小麦粉の分類の一つで、フランスの小麦粉はT45、T55、T65、T80、T110、T130、T150という種類があり、数字が増えるほど灰分率や抽出率が高いことを表しています。
T80は日本でいう強力粉に該当するもので、T65が準強力粉です。
灰分率は高いほどミネラルの量が多いのが特徴です。
一方、抽出率は、殻や表皮などを取り除いて残る小麦の量のことで、抽出率が高いほど、表皮などが多く残っているということです。日本酒で言う精米歩合のようなものでしょうか。
抽出率が高い小麦粉は、口当たりは悪くなりますが、栄養が豊富で風味が強いのが特徴です。
レスペクチュスパニス製法は、このような特別な条件下でおこない、小麦本来の旨味や甘みを引き出します。
古代のパン作りの方法
少ない酵母や塩であまり手を加えずにおこなうことから、古代の製法を現代に再現したと言われるレスペクチュスパニス製法。
古代のパン作りの方法や、古代のパン作りとレスペクチュスパニス製法との違いについて見ていきましょう。
古代のパン作り
パンの原型と言われるものは、今から8000~6000年前の古代メソポタミアで誕生しました。
最初のパンは小麦粉に水を混ぜて練ったものを焼いただけでした。
5000年ほど前になると古代エジプトで放置した生地に自然に入った酵母が加わり、ふっくらとしたパンが焼き上がります。
古代のパン作りとレスペクチュスパニス製法との違い
古代のパン作りとレスペクチュスパニス製法は、どのような違いがあるのでしょうか?
酵母や塩の添加の有無
レスペクチュスパニス製法では、パン作りに欠かせない酵母や塩を混ぜてパン作りをおこないます。
この点は放置して自然に入った酵母を使用し、塩を入れない古代のパン作りとは違う点です。
しかし、古代のパン作りにより近いシンプルな材料でパン作りをおこない、酵母の使用量は通常の10分の1、塩の量は3分の2程度(ベーカーズパーセントで1.5%以下)と非常に少ない量で作ります。
おいしさの追及
古代のパンというと、粉を水で練って焼いただけのものが始まりでした。
この頃の食事は、現代のようにおいしさを求めたものではなく、生きるために必要なエネルギーの補給源でしかありません。
レスペクチュスパニス製法は、古代のパンの製法を再現しつつ小麦本来の旨味や甘味といったおいしさを追求したのが特徴です。
パンのバリエーション
レスペクチュスパニス製法で作るパンは、バゲットを中心にリュスティックやフォカッチャなどさまざまなパン作りに用いられています。
そもそもバゲットが誕生したのは19世紀頃。もちろん古代メソポタミアや古代エジプトにはなかったパンです。
レスペクチュスパニス製法はシンプルな材料だけで作る製法でありながら、さまざまな種類のパンに応用されています。
レスペクチュスパニス製法の発祥
ここからは、レスペクチュスパニス製法の発祥について見ていきましょう。
フランス発祥
レスペクチュスパニス製法の発祥はフランスで、アンバサドール協会が提唱しました。
アンバサドール協会とは
正式名称Les Ambassadeurs du Pain(レ・アンバサドゥール・デュ・パン)=通称アンバサドール協会は、世界最高峰の製パンコンクールの1つとされるモンディアル・デュ・パンを主催する、2005年にフランスで発足された協会です。
日本アンバサドール協会HPによると、アンバサドール協会は下記のように記されています。
伝統アンチザナル(手作り・職人)によるパンの擁護と促進・奨励、フランスと海外におけるガストロミー(美食術・美食学)と栄養の価値を広げることを目的とする協会
Les Ambassadeurs du Pain du Japon – レ・アンバサドゥール・デュ・パン・デュ・ジャポン
レスペクチュスパニス製法の目的
レスペクチュスパニス製法はどのような目的で誕生したのでしょうか?
穀物の自然な甘さを最大限に引き出す
少ない酵母と長時間発酵によって、穀物の持つ自然な甘さを最大限に引き出すことを目的としています。
健康的なパン
レスペクチュスパニス製法で作るパンは、粉の品質にもこだわり、添加物を入れないパンです。
栄養価が高く健康的なパンを目指しています。
古代のパン作りの伝承
近年ではとくに大手を中心に作業効率をあげ大量生産できるようにしたり、価格を抑えるために添加物を入れたパン作りが主流となっています。
本来パン作りは粉と塩、酵母と水のみでできるものであり、シンプルな材料で作るパンは小麦そのものの旨味を感じることができます。
レスペクチュスパニス製法という新たな製法として広めることで、古代のパン作りを伝承していくことを目的としているのです。
レスペクチュスパニス製法のメリット
レスペクチュスパニス製法には、次のようなメリットがあります。
健康に良い
レスペクチュスパニス製法では、塩の量を通常の3分の2程度で作るため、塩分の摂取量を減らすことができます。
また、レスペクチュスパニス製法で作るパン生地は、長時間の発酵によってプロテアーゼという酵素の働きが活発になり、タンパク質が分解されます。
タンパク質が分解されるということは、グルテンが溶けるということです。
グルテンはヒトの腸の中で分解されにくいものですが、グルテンが溶けていることによって消化に良いパンに仕上がります。
このことから、健康面でも注目されています。
クラストが香ばしく仕上がる
活性化されたプロテアーゼの働きによってタンパク質が分解されると、アミノ酸が生成されます。
アミノ酸は焼成時に糖と結合し、メイラード反応をおこしてクラストは香ばしく風味良く仕上がります。
レスペクチュスパニス製法のデメリット
レスペクチュスパニス製法の難点は、一言で言うと難しいところです。
難しい点には、次のようなものがあります。
発酵オーバーになりやすい
酵母や塩の使用量は少ないものの、冷蔵庫での低温発酵と違い発酵温度は18℃と高め。
その高めの温度で18時間と長時間発酵させるため、少しでも温度が高くなってしまうと発酵オーバーになってしまうのです。
おいしさを出すのが難しい
小麦本来の旨味や甘みを引き出し、おいしさを追求したレスペクチュスパニス製法ですが、塩の量は1.5%と非常に少ない量です。
塩は生地を引き締める効果だけでなく、それ以上の大きな役割としては味付けの意味で使われます。
塩の量が少ないほど味が薄く感じやすいので、1.5%という塩の量はおいしさを感じられるギリギリのラインなのです。
レスペクチュスパニス製法の塩の量については、さまざまな意見があり、通常よりは減らすものの1.5%よりはもう少し多い方が良いと考える人もいるようです。
条件を忠実に守るのが難しい
レスペクチュスパニス製法は酵母や塩の量、ミキシング、発酵温度や時間、粉の種類などすべてに決まりがあります。
捏ね上げ温度が変わってくると発酵時間に影響が出たり、良い粉を手に入れるのが難しいこともあるでしょう。
レスペクチュスパニス製法の提示する決まりを厳密に守るのは、そう簡単なことではありません。
レスペクチュスパニス製法の手順
レスペクチュスパニス製法では細かい条件が提示されていますが、作り手によってその手順はさまざまな形に応用されています。
使用する材料や環境によってもパンの状態は大きく変わるため、ここではバゲットでの手順を一例として紹介します。
STEP1 計量
酵母の量は通常の10分の1、塩は3分の2程度です。塩はベーカーズパーセントで1.5%以下と必要最低限になるようにします。
使用する粉はT80をブレンドして使うということが推奨されています。
まず、ブレンドして使うということが曖昧な表現ですが、たとえばT80をメインに一部をT65にするといった具合です。
日本では手に入れるのが難しいのですが、添加物の入らない自然な栽培方法で作られた、茶色に近い粉を使うことが求められています。
材料を計量したら、水以外の材料を均一に混ぜます。
STEP2 オートリーズ
粉に十分に吸水させるため、粉と水を混ぜてしばらく休ませます。この作業をオートリーズといいます。
ここでは、オートリーズを30分とります。
STEP3 ミキシング
ミキシングは手ごねで2分ほど。ほとんど捏ねません。
STEP4 一次発酵~パンチ
一次発酵は3回ほどに分けておこないます。
まず1回目の発酵です。18℃で1時間ほどおこないます。
次にパンチをおこないますが、生地は非常に柔らかいため、ドレッジ(カード)という製パン用のヘラを使って、生地を畳むようにおこなっても良いです。
発酵とパンチを全部で3回ほど繰り返します。
一次発酵の時間は合わせて3時間ほどとなりますが、この部分の発酵は二次発酵で調節できるため多少長くなっても構いません。
パンチについては、目的のパンの仕上がりによって好みで回数を減らしたり、増やしても構いません。
STEP5 二次発酵
18℃で16時間発酵させます。一次発酵での発酵時間が長くなった場合は、二次発酵の時間を少し短くすると良いでしょう。
ここでお気づきの方もいるかもしれませんが、レスペクチュスパニス製法の条件にある18時間くらいの長時間発酵は、一次発酵も二次発酵も含めた全体の発酵時間ということになります。
STEP6 分割・丸め
生地を分割し、丸めます。丸めといっても生地は弾力のない柔らかい生地です。
まとめるような形に整えます。
STEP7 ベンチタイム
丸めた生地が乾燥しないように濡れ布巾などをかけ、室温で30分ほどベンチタイムをとります。
STEP8 成形
軽くガス抜きをし、二つ折りにして棒状になるように成形します。
生地はくっつきやすいので、手粉をしっかり振りましょう。
STEP9 最終発酵
キャンパス布で布取りをします。
布取りとはおもにフランスパンなどの成形に使用する方法で、成形したパンを布に乗せて、布で畝(うね)を作り、生地がダレないように整える方法です。
布取りをしたら、最終発酵を室温で30分から1時間ほどおこないます。生地の様子をみておこないましょう。
STEP11 焼成
発酵が終わった生地に粉を振り、板を使って天板に移します。
焼成直前にクープを入れ、予熱したオーブンで焼成しましょう。
パン屋ではフランスパンなどに使う専用の布板などを使ってオーブン庫内に直に入れますが、家庭用の場合は予熱した天板で構いません。
生地を乗せるときに火傷しないよう注意しましょう。
また、バゲットなどのフランスパンは、焼成時にスチームを入れて焼き上げます。
家庭では直前に霧吹きなどをして焼くと、クラストがパリッとした食感に焼き上がります。
まとめ
今回は、新しい製法として提唱されているレスペクチュスパニス製法について紹介しました。フランスで話題となった本製法は、日本でもさまざまなパン職人が取り入れ、店頭に並ぶことがあります。
古代のパンに敬意を払うレスペクチュスパニス製法の考えは、これから先のパン業界の発展や職人を守ることにも繋がると考えられています。