なぜパンに塩を入れる?効果と役割は?イーストや生地にどう影響するかを解説!
パンを作る材料として、小麦粉、塩、酵母、水は欠かせないものです。
なかでも塩は生地を引き締めたり、発酵を適度に抑えたりする役割を持ち、さらにパンに味をつける効果もあります。
このようにさまざまな役割を持っている塩が、イーストや生地にどのような影響を与えるのかについて詳しく解説していきたいと思います。
塩は生地を引き締める
材料に塩を加えることで、生地のベタつきが抑えられまとまりやすくなり、作業性があがります。
塩によって起こるこのような状態を、製パンでは「塩は生地を引き締める」、「塩はグルテンを鍛える」と表現されます。
このとき生地内でなにがおこっているのかを、京都大学のグループが科学的に研究しているので解説したいと思います。
塩がグリアジンを水溶化する
この研究では、塩がグリアジンを水溶化するという説が提唱されています。
グルテンを形成するタンパク質の一つであるグリアジンは、もともと水には溶けない物質であるとされていました。
しかし、実験をおこなうなかで、塩を加えるとグリアジンは水溶性になるということがわかったのです。
これは決して塩水に溶けているわけではなく、塩の存在下で塩のサポートにより水に溶けているという状態です。
水に溶けたグリアジンは、塩が存在すると瞬時に凝集する性質があります。
グリアジンが凝集すると、グルテンを形成するのに欠かせないもう一つのタンパク質であるグルテニンとの相互作用が強まり、形成されたグルテンの分子間構造がコンパクトになります。
凝集してグルテニンと強い相互作用をもったグリアジンは、粘性が抑えられ生地のベタつきが弱くなるのです。
グルテンの分子間構造がコンパクトになるということについて、もう少し詳しく説明していきましょう。
生地の密度が高くなる
グルテンは、タンパク質であるグリアジンとグルテニンが網目状に繋がった構造で、共有結合、水素結合、ジスルフィド結合といった分子間の結合によって繋がっています。
グルテンの結合の様子を観察すると、塩が存在しない条件下と、存在する条件下ではこのような分子間の結合状態に変化が生じることが確認されました。
塩が存在すると、タンパク質の構造自体に大きな変化はないものの、分子間の距離が縮まり新たに水素結合や相互作用が生じるのです。
それにより生地の密度が高くなるため、これが「生地を引き締める」という表現に繋がるのです。
塩は生地の発酵を抑える
塩はイーストの発酵を適度に抑えて、作業速度を調整する役割があります。
浸透圧が高くなり酵母の水分が失われる
これには浸透圧が関係しています。
塩を入れると、浸透圧の影響で酵母である菌の体内の水分が外に出てしまいます。
結果、水分を失った菌は機能を失い、発酵能力が抑制されるのです。
酵素活性を抑制する
さらに、塩には酵素の活性を抑制する作用もあります。
酵母は糖によって活性化するインベルターゼやチマーゼという酵素を持っています。
それらの酵素の働きで、最終的にアルコールと炭酸ガスが産生され、パンが膨らみます。
しかし、塩が入ることにより酵素の活性が適度に抑制され、発酵しすぎるのを防ぐのです。
塩はパンの味付け役
塩はパンの味付けの役割も担っています。
パンが美味しく感じるのは、単に塩味がつくというだけでなく、味覚のさまざまな効果が関係しているのです。
味の対比効果
味の対比効果とは、食品のなかに味覚を刺激する2種類以上の味が存在するときに、一方の味がほかの味によって強く感じたり、両方の味が強く感じたりする現象のことです。
一般的には一方の味が強く、その味に対してほかの味が弱いときに起こります。
スイカに塩をかけて食べると、よりスイカの甘さを感じやすくなるというのは、対比効果によるものです。
パンの材料に塩を入れると、一緒に入れる砂糖の甘みを調和し、味を引き締める効果があります。
味の抑制効果
味の抑制効果とは、食品のなかに味覚を刺激する2種類以上の味が存在するときに、どちらか一方の味がもう一方の味を抑えて弱く感じさせたり、両方の味が弱く感じたりする現象のことです。
一般的には、両方の味の強さが対等なときに起こりやすいです。
すし酢や酢の物など酸味の強いものに塩を少し加えると、酢のきつい刺激が抑えられ、味をマイルドにしてくれます。
パンの場合は、小麦粉に含まれる旨味成分のグルタミン酸やイノシン酸と塩の抑制効果で、それほど強い塩味を感じなくなっているのです。
味の相乗効果
味の相乗効果とは、食品のなかに同じ系統の味が2つ以上存在するときに、その味が数倍に強くなる現象のことです。
たとえば、昆布と鰹の出汁を合わせたとき、それぞれの違う旨味を掛け合わせたことでより一層増し、さらに旨味を感じることができるというものです。
一般的に旨味と言われる成分は、グルタミン酸やイノシン酸などで、これらの物質が合わさったときに相乗効果がうまれます。
しかし、学術的には旨味とは、このような旨味の素にナトリウムやカリウムなどのミネラル成分が結合したグルタミン酸ナトリウムなどを指します。
製パンにおいては、小麦粉にグルタミン酸やイノシン酸が含まれており、旨味の素になっています。
それを旨味として感じることができるのは、塩と結合してグルタミン酸ナトリウムとして存在するためです。
塩は何パーセントが適量?
塩の使用量は、小麦粉に対して菓子パンで0.3~1.0%、食パンなら2%の割合で入れるのが適量です。
塩の量はほかの材料の量や性質に左右されるため、そのパンごとに見極めなければいけません。
たとえば、フランスパン用の小麦粉などタンパク質の量が少ない小麦粉を使う場合では、グルテンの量が少なくなるので塩の量をやや多めにします。
菓子パンなどでは砂糖を多く使うため、浸透圧が高くなり発酵が遅れてしまいます。
そのため、イーストを多くし塩を減らすなどの工夫が必要です。
塩が少ないとどうなる?
塩が少ない生地は、ダレやすく、なかなかまとまりません。
さらにしまりがないため焼成のさいの窯伸びもよくありません。
もしもミキシング中に塩の量が少ないと感じたら、塩を追加することで補うことができます。
すでに発酵段階へ進んでいたら、発酵が速く進みがちなので早めに切り上げます。
しかし、このままでは生地に力がないため、焼成時に膨らみにくくなります。
途中でパンチをするなどしてグルテンを引き締め、生地を強くするように工夫しましょう。
塩が多いとどうなる?
塩の量が2.5%以上になると、発酵が著しく抑制されます。
塩が多いと、酵母菌がうまく機能しなくなるためです。
さらに、5%を超えると強い塩味でパンの味を大きく損ねます。
通常、3%以上の塩を加えてパンを作ることはありません。
塩を入れ忘れるとどうなる?
塩を入れたときと比べて、塩を入れずに作ったパンは、物性が大きく変わり、味にも大きな違いがあります。
パンのボリュームがでない
塩は生地のグルテンを引き締め、腰を強くする効果があります。
塩の入っていない生地は腰がなく、生地が膨らむ力がないためボリュームのない生地に仕上がります。
ガスを蓄える力がないので、目の詰まったクラムに仕上がります。
パンの焼き色が薄くなる
塩がないと発酵が進みすぎ、糖を必要以上に分解してしまうため、生地内に糖が残りにくくなります。
そのため、糖が加熱されることで生じるメイラード反応やカラメル化などの褐変反応が起こりにくくなり、焼き色が極端に薄くなります。
味を感じなくなる
塩を入れないことで一番わかりやすい違いは、味を感じなくなることです。
味の対比効果や相乗効果が関係するように、塩のないパンは驚くほど味を感じなくなってしまいます。
古い話に、興味深いものがあります。
徳川家康が、側室お梶の方に「この世で一番うまいものは何か?」と尋ねたところ、お梶の方は「それは塩でございます。どんな料理も塩の味付け次第」と答えたそうです。
この話が今でも語り継がれるほど、塩の持つ味の効果はとても大きいものであると言えるでしょう。
まとめ
今回は、塩の役割について解説しました。
塩には生地の物性に関わる役割だけでなく、味や見た目への効果も大きいことがわかりましたね。
塩はほかの材料と比べると入れる分量が少ないため、一番入れ忘れやすい材料です。
しかし、入れ忘れによる影響はとても大きいもの。
すぐに気づくためにも、普段から生地の状態をしっかり観察しておくことが重要です。