その日の夜。私はお父さんとお母さんに挟まれてベッドで川の字になっていた。
「ソフィ。今日のシェタさんのことはどうだった?」
お母さんはそう言うと、寝返りを打って肘枕をしながら私の顔を覗き込んだ。
私は天井から目をそらしてお母さんの顔を見つめた。
「自分ではどう思う?」
お母さんは私に答えを教えるのではなく、自分で考えさせるように促した。
私はしばらく天井の木目をぼんやりと眺めながら考える。木目の一部が人の顔に見える。普段は何でもない模様なのに、今日は私のことを責めているような表情に見えた。
「シェタさんの過去を、囚われなくていいだなんて軽々しく言っちゃった」
声が掠れた。
しばらく沈黙が続いた。天井の木目が、じっと私を見つめている。
「そうね」
お母さんの声は、穏やかだった。責めるでもなく、慰めるでもなく。ただ、事実を確認するような静かな声。
「シェタさんはその場では許してくれたけど、内心は穏やかじゃなかったかもしれないわ」
お父さんも小さく頷いた。
「まあ、終わり良ければ全て良し、と思いたいところではあるがな」
お父さんの声にも、責める色はなかった。だからと言って繰り返していいわけではない、という意味は伝わった。
「じゃあ、ソフィ。どうすればよかったと思う?」
お母さんが訊いた。私は少し考えてから口を開く。
「うーん。……相手が触れられたくない話には、触れないようにする?」
お母さんは、うん、と相槌を打った。
「それも正解」
お母さんはそう言ってから、少し間を置いた。
「でもね。お母さんは、ソフィの話は間違っていなかったと思うの」
私は思わずお母さんの方に顔を向けた。
「間違ってなかった?」
「ええ、理屈は通っていたと思う。でもね、正論を言うだけじゃ駄目なの。それは正しいだけ」
「正しいだけ?」
「そう。仮にソフィが言ったことが全部正しかったとしても、それだけでは相手の心には届かない。相手が気持ちよく納得するには伝え方の工夫が必要なの」
私は黙って聞いていた。
お母さんは天井に目をやりながら、少し考えるように間を開けた。
「……例えば、うちに通ってる冒険者に『毎日鍛錬して仲間との連携を深めれば、魔物討伐の成功率は上がりますよ』って言ったら? 相手は納得すると思う?」
「え? それは……そうなんじゃないの?」
「そうよね。鍛錬すれば成功率は上がるはずよね? でも、言われた冒険者はどう思うかしら」
お母さんがお父さんに目を向ける。私も釣られてお父さんを見る。
お父さんが口を開いた。
「冒険者の多くは、日銭を稼ぐだけで精一杯さ。討伐依頼や採集依頼は出来高払いだから、丸一日探し回って収穫がないこともある。それでも食費や宿代は掛かるし、消耗品や装備の維持にも金が必要だ」
お父さんの声は淡々としていた。
「次こそはと歯を食いしばっているところに『もっと勉強や訓練をした方がいいんじゃない?』なんて言われたら――カチンとくるだろうさ。『そんなことは分かってる! 日々生きるだけで精一杯だ!』ってね」
私は黙って頷いた。言われてみれば、その通りだ。正しいことを言っているのに、言われた方は腹が立つ。
お母さんがお父さんの話を引き継ぐ。
「正論だと分かっているのに実行できていないのには、その人なりの事情があるからなの」
お母さんは私の方に体を向けて、私の目を見つめながら言った。
「相手の事情を考慮せずに、ただ正しいことだけを指摘するのは、相手の気持ちを蔑ろにしてるのと同じ」
その言葉が、すとん、と胸に落ちた。
私がシェタさんにしたことは、正にそれだ。私はシェタさんの過去をニーチェの言葉に当てはめて、シェタさんはこう考えているんじゃないか、と勝手にシェタさんの気持ちを決めつけていた。
「……私、どうすればよかったの?」
私は小さく呟いた。
「相手の事情を慮って、相手の気持ちに寄り添うこと。それをしないとただのお節介よ」
お母さんの言葉を噛み締めるように、私は何度も小さく頷いた。
「……分かった」
私がそう言うと、お母さんは微笑み、私を抱きしめた。
「初めから上手くいくことなんてないさ」
お父さんはお母さんごと私を抱きしめながら、そう言った。
失敗を糧に、次に活かそう。私の気持ちは幾分か軽くなっていた。
天井に目をやると、そこには、いつも通りのちょっと人の顔に見えるだけの木目があった。