【任務完了。降機シークエンス開始】
女性の声がヘルメットの中に淡々と響いた。
「風情がないなぁ。勝利の余韻って分からない?」
遥のぼやきを無視して、声は続ける。
【モーションリンク、切断】
ふわりと、体が軽くなった。
制御フレームが切り離され、ロボットとの連動が絶たれる。
【両脚、両腕、胴体制御フレーム、解除】
ぐらり、と立っているのが難しくなった。
「おっとっと、トランポリンで跳びまくった後みたい」
ロボットと連動するのに慣れてしまって、逆に違和感がある。
【頭部、胴体、上肢、下肢装甲、脱着】
装甲が順番に外れていく。ヘルメットが外れると、360度の視界が消えた。
【全装甲、格納】
遥は自由になった自分の身体を確認する。
「あらら、制服が皺になっちゃった」
【コックピットハッチ、開放】
分厚い装甲がスライドし、重い金属音と共に搭乗口が開いた。
外の光が差し込んでくる。
【掌に移乗してください】
遥は搭乗口から顔を出して外を見回す。空気に埃っぽさを感じる。
「土煙も舞うか。あれだけ暴れれば」
遥は崩れた建物の残骸を見下ろしながら、そう呟いた。
ロボットの巨大な右掌が、コックピットの搭乗口にぴったりと添えられていた。
遥はおっかなびっくり、掌の上に足を踏み出した。
ゆっくりと降下が始まる。
遠ざかるコックピットから、ガシャンという重い金属音が聞こえた。搭乗口が閉じたのだろう。
ロボットの白い装甲が、目の前を流れるように過ぎていく。至る所に戦闘の跡が生々しく残っていた。
このまま地面まで降りたら、もうここには戻れない。そんな予感がした。
「ねぇ!」
遥は思わずロボットに声を掛けた。
「名前! 聞いてなかった!」
ロボットは外部スピーカーで応えた。
【当機の型式番号は『I.R.I.S-01』です】
「『アイ・アール・アイ・エス・ゼロワン』? ふーん。それじゃあ、愛称は『アイリス』ね?」
遥は「ん? アイリス? イリス?」と何度か自問した。
そうこうしている内に、ロボットの手が地面に着いた。
遥はロボットの掌から滑るように降りる。
【パイロット降機完了】
崩れた建物の残骸と、巨大生物の死骸。巨大生物の獣臭と体液の臭いに、思わず手で鼻をつまむ。
ヘリコプターが飛んでいる音がする。
遥は空を見上げた。日差しが眩しくてよく見えない。鼻から手を放して、今度は手で廂を作る。
「うーん? あれは報道ヘリかな?」
遥が呑気に構えていると、ロボットがゆっくりと腕を持ち上げた。
【帰還シークエンス、起動】
遥は見上げたまま動けなかった。
頭の上で空が割れていく。白いヒビが走る。最初に見た光景とまったく同じだった。
【座標の算出中。算出完了。開門】
その時、巨大生物の死骸が浮き上がった。
「え!?」
遥は自分も一緒に浮き上がるのではないかと思い、慌ててしゃがみ込んだ。
しかし、浮き上がっているのは巨大生物の死骸だけらしい。
「ふぅ。焦らせやがって」
遥は誤魔化すように大きめの独り言を言った。
地面から剥がれるように、灰色の巨体がゆっくりと空へ向かって上昇している。
重いはずの巨体がまるで水の中の泡のように、裂け目に向かってするすると昇っていく。
遥はその現実離れした光景を間抜け面で眺める。
巨大生物の死骸は、あっという間に裂け目の向こうへ消えていった。
【対象、回収完了】
【帰還します】
次の瞬間、今度はロボットの足が地面から離れた。
白い巨体が静かに浮き上がり、怪獣と同じようにするすると空へ向かって昇っていく。
白い裂け目が白いロボットを飲み込んだ。
裂け目は音もなく閉じる。空が青い。まるで何事もなかったかのように。
遥は暫く空を見上げたまま、呆然と立ち尽くした。
夢でも見ていたのかと思ったが、周囲の惨状を見れば現実なのだと嫌でも分かる。
遥は辺りを見回して、はたと気が付く。
「あれ? ここから帰るの? 歩いて?」
遥はがっくりと肩を落とし「あ~あ。締まらないなぁ」とぼやきながら家路についた。
