第七話 帰還

【任務完了。降機シークエンス開始】

 女性の声がヘルメットの中に淡々と響いた。

「風情がないなぁ。勝利の余韻って分からない?」

 遥のぼやきを無視して、声は続ける。

【モーションリンク、切断】

 ふわりと、体が軽くなった。

 制御フレームが切り離され、ロボットとの連動が絶たれる。

【両脚、両腕、胴体制御フレーム、解除】

 ぐらり、と立っているのが難しくなった。

「おっとっと、トランポリンで跳びまくった後みたい」

 ロボットと連動するのに慣れてしまって、逆に違和感がある。

【頭部、胴体、上肢、下肢装甲、脱着】

 装甲が順番に外れていく。ヘルメットが外れると、360度の視界が消えた。

【全装甲、格納】

 遥は自由になった自分の身体を確認する。

「あらら、制服が皺になっちゃった」

【コックピットハッチ、開放】

 分厚い装甲がスライドし、重い金属音と共に搭乗口が開いた。

 外の光が差し込んでくる。

【掌に移乗してください】

 遥は搭乗口から顔を出して外を見回す。空気に埃っぽさを感じる。

「土煙も舞うか。あれだけ暴れれば」

 遥は崩れた建物の残骸を見下ろしながら、そう呟いた。

 ロボットの巨大な右掌が、コックピットの搭乗口にぴったりと添えられていた。

 遥はおっかなびっくり、掌の上に足を踏み出した。

 ゆっくりと降下が始まる。

 遠ざかるコックピットから、ガシャンという重い金属音が聞こえた。搭乗口が閉じたのだろう。

 ロボットの白い装甲が、目の前を流れるように過ぎていく。至る所に戦闘の跡が生々しく残っていた。

 このまま地面まで降りたら、もうここには戻れない。そんな予感がした。

「ねぇ!」

 遥は思わずロボットに声を掛けた。

「名前! 聞いてなかった!」

 ロボットは外部スピーカーで応えた。

【当機の型式番号は『I.R.I.S-01』です】

「『アイ・アール・アイ・エス・ゼロワン』? ふーん。それじゃあ、愛称は『アイリス』ね?」

 遥は「ん? アイリス? イリス?」と何度か自問した。

 そうこうしている内に、ロボットの手が地面に着いた。

 遥はロボットの掌から滑るように降りる。

【パイロット降機完了】

 崩れた建物の残骸と、巨大生物の死骸。巨大生物の獣臭と体液の臭いに、思わず手で鼻をつまむ。

 ヘリコプターが飛んでいる音がする。

 遥は空を見上げた。日差しが眩しくてよく見えない。鼻から手を放して、今度は手で廂を作る。

「うーん? あれは報道ヘリかな?」

 遥が呑気に構えていると、ロボットがゆっくりと腕を持ち上げた。

【帰還シークエンス、起動】

 遥は見上げたまま動けなかった。

 頭の上で空が割れていく。白いヒビが走る。最初に見た光景とまったく同じだった。

【座標の算出中。算出完了。開門】

 その時、巨大生物の死骸が浮き上がった。

「え!?」

 遥は自分も一緒に浮き上がるのではないかと思い、慌ててしゃがみ込んだ。

 しかし、浮き上がっているのは巨大生物の死骸だけらしい。

「ふぅ。焦らせやがって」

 遥は誤魔化すように大きめの独り言を言った。

 地面から剥がれるように、灰色の巨体がゆっくりと空へ向かって上昇している。

 重いはずの巨体がまるで水の中の泡のように、裂け目に向かってするすると昇っていく。

 遥はその現実離れした光景を間抜け面で眺める。

 巨大生物の死骸は、あっという間に裂け目の向こうへ消えていった。

【対象、回収完了】

【帰還します】

 次の瞬間、今度はロボットの足が地面から離れた。

 白い巨体が静かに浮き上がり、怪獣と同じようにするすると空へ向かって昇っていく。

 白い裂け目が白いロボットを飲み込んだ。

 裂け目は音もなく閉じる。空が青い。まるで何事もなかったかのように。

 遥は暫く空を見上げたまま、呆然と立ち尽くした。

 夢でも見ていたのかと思ったが、周囲の惨状を見れば現実なのだと嫌でも分かる。

 遥は辺りを見回して、はたと気が付く。

「あれ? ここから帰るの? 歩いて?」

 遥はがっくりと肩を落とし「あ~あ。締まらないなぁ」とぼやきながら家路についた。