巨大生物が人間を喰った。
目視ではハッキリとは見えなかったが、 視界に映るホログラム映像で確認していた。
人間が巨大生物の両手に掬い上げられ、大きな口の中に消えていったのを。
【対象周辺の生体反応、複数消失】
「……死んじゃったの?」
【はい。対象による捕食行動と判断します】
「そんな……。食べられた人は? お腹の中から助けられない?」
【救出不能です。生体反応は消失しています】
巨大生物が次の獲物を探すように、辺りを見回している。
遥はこれ以上犠牲を増やさせまいと、拳を強く握りしめた。
そう思った瞬間、はたと気が付く。
「ちょ、ちょっと待って! このスピードで怪獣に突っ込んだら周りの人は!?」
【避難が完了している無人の場所があります。そこに誘導します】
「誘導? このスピードで?」
【対象と接敵】
距離がゼロになる。
走行速度を殺さないまま、右肩を低く落とす。脚部の油圧シリンダーが最大伸張し、全体重を前方へ。
肩部の関節ギアが噛み合い、ロックがかかる。
慣性の全てが、右肩から巨大生物の胴体へと叩き込まれた。
何のことはない。体当たりである。
巨大生物の巨体が吹き飛ぶ。
暫く転がり、止まった。
無人とは言え、多くの建物がなぎ倒されている。
「……これが誘導?」
【右肩部、衝突荷重を検出。損傷なし】
巨大生物は即座に起き上がった。
口から唾液混じりの低い唸り声が漏れている。
「全然効いてないじゃんっ!」
遥は慌てて構えを取った。
「ねぇ! 武器は!?」
【使用可能な兵装は格闘戦装備に限定されます】
「だから! それがなんなのかって聞いてんの!」
自分の身体に投影されているARで、ロボットの拳が赤く点滅した。
「やっぱ拳のことじゃん!」
遥は前を見た。巨大生物が四足で低く構えている。肩の筋肉が盛り上がり、背中の皮膚が波打つように収縮していた。
「あーもう! 慌てた時こそ基本が大事!」
遥は深呼吸をする。まずは構え。左足を半歩前に出す。腰を落として重心を安定させる。左の手のひらを前に向け、右の拳は腰だめに。
ロボットが、同じ動作をした。視界に映るロボットの四肢が遥の動作を正確に追う。
巨大生物との間に、張り詰めた空気が流れる。
巨大生物が突進した。四足の突進。大地が爆ぜる。
「速いっ!」
右腕が来た。巨大生物の太い前脚が横に薙いでくる。
遥は左足を斜め前に踏み込んだ。正面からまともに受けない。半身にずらして左腕で受け流す。
【腕部、衝突荷重】
内側から外へ払う。腕から肩へ、衝撃が駆け上がってくる。
攻撃を受けた負荷が制御フレームにも再現され、遥は動作に抵抗を感じる。
「ぐっ……!」
右足で踏ん張り、なんとか体勢を持ち堪える。
巨大生物は流れを止めずに噛みつきを狙ってきた。大きな顎が、右真横から。
「それは反則っ!」
遥は右腕で防御する。牙が装甲に食い込んだ。ギシギシと装甲が軋む。
【右腕装甲、応力集中。損傷、軽微。このまま噛み続けられると装甲を突破されます】
「やっば!」
遥は左腕で巨大生物の下顎を突き上げた。
ゴン、という音がして、巨大生物の首が上に跳ね上がった。
噛む力が一瞬弛んだ隙を突いて、右腕を引き抜く。
「よしっ」
遥はすぐに後退し、間合いを取る。
巨大生物はよろけながら頭を振る。どうやら有効打を与えられたことが窺える。
だが、巨大生物はまた低く構え直した。
遥は乱れた呼吸を整えながら、巨大生物を観察する。案外、人間と急所は同じなのかもしれない。
「正中線を狙う」
遥は独り言のように呟いた。
巨大生物が再び突進する。今度は二足で立ち上がり、両腕を伸ばして掴みかかろうとしている。
遥は前に出る。巨大生物の両腕が上半身に向かって伸びてくる。
ロボットの脚部シリンダーが急速伸張し、軸足が地面に沈む。
膝を高く引き上げ、踵を前方へ突き出す。全体重が一点に乗り、腰が鋭く前に出る。
上段前蹴りである。
何十トンもの質量が、一直線に巨大生物の顔面を打ち抜く。
巨大生物が大きく仰け反った。
すかさず左の刻み突きで顎を揺らし、怯んだところに右の正拳突きを喉元へ。
巨大生物は、ぐふ、と呼吸が詰まる音をさせてよろめく。たまらず手をつき、その場で咳き込む。
遥は追撃の手を緩めない。
巨大生物が顔を上げるのに合わせ、左膝を高く引き上げる。
「もういっぱ~つ!」
【警告。対象の筋組織に急激なエネルギー集中を検知】
巨大生物が四つん這いになり身を低くし、全身の筋肉を異様に膨張させた。
そして、弾かれたように地面を蹴り、砲弾が如き勢いで突進する。
「うっそ! 速すぎっ!」
遥は引き上げていた左膝を咄嗟に引き戻し、腕を交差させて防御姿勢をとった。
直後、巨大生物の頭突きがロボットの腕に激突した。
凄まじい衝撃でロボットの巨体が数歩後ずさる。
【右腕部装甲、損傷。耐久値66パーセント。戦闘継続可能です】
「一撃でそんなに!?」
巨大生物はまた身を屈めていた。もう一度、あの突進を放つつもりだ。
「連発っ!? 頑丈な頭だこと!」
遥は急いで体勢を立て直す。
巨大生物の全身が再び膨張し、大地を蹴って飛び出してくる。
激突の寸前。遥は避けない。ただ、最速で踏み込んだ。
相手の勢いを利用し、左の掌底が巨大生物の下顎を激しく叩き上げた。
カウンターである。
「直線的な動きが読まれやすいなんて、お約束でしょうが!」
脳を揺らされた巨大生物の巨体が大きく仰け反る。
遥はその隙を見逃さない。
右の正拳突きが、胸の中央へ向けて引き絞られた。
正中線への一撃。
「ええい!」
遥は気合を発しながら、右の正拳突きを放つ。
拳が巨大生物の胸骨を貫き、ずぼっ、という鈍い音がする。
ロボットの右腕が、肘の途中まで巨大生物の胸に埋まっていた。
巨大生物は声も上げなかった。
前脚が力を失い、その巨体がゆっくりと前のめりに崩れていく。
ロボットの腕を支えに倒れながら、最後に一度だけ、大きく息を吐いた。
巨大生物の目が見開かれ、やがて目から光が消えた。
遥は右腕を引き抜いた。
腕部の駆動系が逆回転し、巨大生物の胸から拳が抜ける。
【対象、活動停止。生体反応の消失を確認】
【周辺の残存脅威をスキャン。検出なし】
【戦闘行動終了】
遥はしばらく動けなかった。
立ったまま膝に手をついて、荒い呼吸を整える。
心臓の音が、ヘルメットの中に大きく響いている。
額の汗を拭おうと手を顔にやろうとして、ヘルメットに、こつん、と手が当たる。
遥はそれが無性に可笑しくなった。
「ははっ、馬鹿みたい。くふふっ」
遥はロボットも同じ動作をしていることをすっかり失念していた。
