第五話 戦闘

 巨大生物が人間を喰った。

 目視ではハッキリとは見えなかったが、 視界に映るホログラム映像で確認していた。

 人間が巨大生物の両手に掬い上げられ、大きな口の中に消えていったのを。

【対象周辺の生体反応、複数消失】

「……死んじゃったの?」

【はい。対象による捕食行動と判断します】

「そんな……。食べられた人は? お腹の中から助けられない?」

【救出不能です。生体反応は消失しています】

 巨大生物が次の獲物を探すように、辺りを見回している。

 遥はこれ以上犠牲を増やさせまいと、拳を強く握りしめた。

 そう思った瞬間、はたと気が付く。

「ちょ、ちょっと待って! このスピードで怪獣に突っ込んだら周りの人は!?」

【避難が完了している無人の場所があります。そこに誘導します】

「誘導? このスピードで?」

【対象と接敵】

 距離がゼロになる。

 走行速度を殺さないまま、右肩を低く落とす。脚部の油圧シリンダーが最大伸張し、全体重を前方へ。

 肩部の関節ギアが噛み合い、ロックがかかる。

 慣性の全てが、右肩から巨大生物の胴体へと叩き込まれた。

 何のことはない。体当たりである。

 巨大生物の巨体が吹き飛ぶ。

 暫く転がり、止まった。

 無人とは言え、多くの建物がなぎ倒されている。

「……これが誘導?」

【右肩部、衝突荷重を検出。損傷なし】

 巨大生物は即座に起き上がった。

 口から唾液混じりの低い唸り声が漏れている。

「全然効いてないじゃんっ!」

 遥は慌てて構えを取った。

「ねぇ! 武器は!?」

【使用可能な兵装は格闘戦装備に限定されます】

「だから! それがなんなのかって聞いてんの!」

 自分の身体に投影されているARで、ロボットの拳が赤く点滅した。

「やっぱ拳のことじゃん!」

 遥は前を見た。巨大生物が四足で低く構えている。肩の筋肉が盛り上がり、背中の皮膚が波打つように収縮していた。

「あーもう! 慌てた時こそ基本が大事!」

 遥は深呼吸をする。まずは構え。左足を半歩前に出す。腰を落として重心を安定させる。左の手のひらを前に向け、右の拳は腰だめに。

 ロボットが、同じ動作をした。視界に映るロボットの四肢が遥の動作を正確に追う。

 巨大生物との間に、張り詰めた空気が流れる。

 巨大生物が突進した。四足の突進。大地が爆ぜる。

「速いっ!」

 右腕が来た。巨大生物の太い前脚が横に薙いでくる。

 遥は左足を斜め前に踏み込んだ。正面からまともに受けない。半身にずらして左腕で受け流す。

【腕部、衝突荷重】

 内側から外へ払う。腕から肩へ、衝撃が駆け上がってくる。

 攻撃を受けた負荷が制御フレームにも再現され、遥は動作に抵抗を感じる。

「ぐっ……!」

 右足で踏ん張り、なんとか体勢を持ち堪える。

 巨大生物は流れを止めずに噛みつきを狙ってきた。大きな顎が、右真横から。

「それは反則っ!」

 遥は右腕で防御する。牙が装甲に食い込んだ。ギシギシと装甲が軋む。

【右腕装甲、応力集中。損傷、軽微。このまま噛み続けられると装甲を突破されます】

「やっば!」

 遥は左腕で巨大生物の下顎を突き上げた。

 ゴン、という音がして、巨大生物の首が上に跳ね上がった。

 噛む力が一瞬弛んだ隙を突いて、右腕を引き抜く。

「よしっ」

 遥はすぐに後退し、間合いを取る。

 巨大生物はよろけながら頭を振る。どうやら有効打を与えられたことが窺える。

 だが、巨大生物はまた低く構え直した。

 遥は乱れた呼吸を整えながら、巨大生物を観察する。案外、人間と急所は同じなのかもしれない。

「正中線を狙う」

 遥は独り言のように呟いた。

 巨大生物が再び突進する。今度は二足で立ち上がり、両腕を伸ばして掴みかかろうとしている。

 遥は前に出る。巨大生物の両腕が上半身に向かって伸びてくる。

 ロボットの脚部シリンダーが急速伸張し、軸足が地面に沈む。

 膝を高く引き上げ、踵を前方へ突き出す。全体重が一点に乗り、腰が鋭く前に出る。

 上段前蹴りである。

 何十トンもの質量が、一直線に巨大生物の顔面を打ち抜く。

 巨大生物が大きく仰け反った。

 すかさず左の刻み突きで顎を揺らし、怯んだところに右の正拳突きを喉元へ。

 巨大生物は、ぐふ、と呼吸が詰まる音をさせてよろめく。たまらず手をつき、その場で咳き込む。

 遥は追撃の手を緩めない。

 巨大生物が顔を上げるのに合わせ、左膝を高く引き上げる。

「もういっぱ~つ!」

【警告。対象の筋組織に急激なエネルギー集中を検知】

 巨大生物が四つん這いになり身を低くし、全身の筋肉を異様に膨張させた。

 そして、弾かれたように地面を蹴り、砲弾が如き勢いで突進する。

「うっそ! 速すぎっ!」

 遥は引き上げていた左膝を咄嗟に引き戻し、腕を交差させて防御姿勢をとった。

 直後、巨大生物の頭突きがロボットの腕に激突した。

 凄まじい衝撃でロボットの巨体が数歩後ずさる。

【右腕部装甲、損傷。耐久値66パーセント。戦闘継続可能です】

「一撃でそんなに!?」

 巨大生物はまた身を屈めていた。もう一度、あの突進を放つつもりだ。

「連発っ!? 頑丈な頭だこと!」

 遥は急いで体勢を立て直す。

 巨大生物の全身が再び膨張し、大地を蹴って飛び出してくる。

 激突の寸前。遥は避けない。ただ、最速で踏み込んだ。

 相手の勢いを利用し、左の掌底が巨大生物の下顎を激しく叩き上げた。

 カウンターである。

「直線的な動きが読まれやすいなんて、お約束でしょうが!」

 脳を揺らされた巨大生物の巨体が大きく仰け反る。

 遥はその隙を見逃さない。

 右の正拳突きが、胸の中央へ向けて引き絞られた。

 正中線への一撃。

「ええい!」

 遥は気合を発しながら、右の正拳突きを放つ。

 拳が巨大生物の胸骨を貫き、ずぼっ、という鈍い音がする。

 ロボットの右腕が、肘の途中まで巨大生物の胸に埋まっていた。

 巨大生物は声も上げなかった。

 前脚が力を失い、その巨体がゆっくりと前のめりに崩れていく。

 ロボットの腕を支えに倒れながら、最後に一度だけ、大きく息を吐いた。

 巨大生物の目が見開かれ、やがて目から光が消えた。

 遥は右腕を引き抜いた。

 腕部の駆動系が逆回転し、巨大生物の胸から拳が抜ける。

【対象、活動停止。生体反応の消失を確認】

【周辺の残存脅威をスキャン。検出なし】

【戦闘行動終了】

 遥はしばらく動けなかった。

 立ったまま膝に手をついて、荒い呼吸を整える。

 心臓の音が、ヘルメットの中に大きく響いている。

 額の汗を拭おうと手を顔にやろうとして、ヘルメットに、こつん、と手が当たる。

 遥はそれが無性に可笑しくなった。

「ははっ、馬鹿みたい。くふふっ」

 遥はロボットも同じ動作をしていることをすっかり失念していた。