第三話 接敵

【対象の概要を説明します】

 女性の声が、ヘルメット内に淡々と響いた。

【対象の種別は生物兵器、もしくはそれに類する有機体と推定されます。推定全長、50メートル超。体型は二足直立および四足歩行の両形態が可能。外皮は無毛の哺乳類型、灰色がかった体表。内骨格。視覚、嗅覚、聴覚器官を確認。戦闘意欲、高。現時点での危険度評価、最高位】

 遥は視界に映る対象のホログラムを見ながら呟いた。

「ふーん。ロボット物じゃなくて怪獣物だったわけか。結局のところ、何をしたらいいわけ?」

【対象を活動停止してください】

「活動停止って? 動けなくして生け捕りにするの?」

【対象の生死は問いません。対象が活動停止すれば任務完了です】

「分かったような、分からないような……」

 視界の端に映る対象を示すマーカーの距離が北方20.5キロメートルに変わっている。

「あれ? その対象、私達から離れて行ってない?」

【対象の行動目的を推測します。上陸後、海岸線より市街地方向に進行中。建造物密集地帯を目標としている可能性大】

「密集地帯って、オフィス街? それって……」

 遥は父と母の職場を思い浮かべた。先程までの浮かれた気持ちが急激に冷めていく。

 家族を失うかもしれない。その思いが、遥に行動を起こさせた。

「ええい、ままよ! とにかく追いかけて!」

【了解しました、ハルカ。移動を開始します】

 ロボットが歩き始める。一歩が重い。

 足の裏から、振動が伝わってくる。

 制御フレームを通じて伝わってくる感覚は自分の脚が動いているようであり、まるで自分が巨人そのものになったように錯覚させる。

 歩行速度は次第に速くなり、やがてジョギングのように軽快な走りとなった。

「おー。走っても全然揺れない。巨大ロボのお約束だねぇ」

 遥は少しズレた思考の持ち主でもあった。

 ◇

 同時刻。北へ数十キロメートル離れた国道の路肩にセダンが止まっていた。

 三十代の男が車の中で仮眠を取っていた。次の訪問先まで時間が余っていたのだ。

 ズン、ズン、ズン、と低い音が地面を通じて伝わり、男は目を開けた。

 音というより、揺れに近い。

 男は何事かと窓の外を見る。

「え?」

 何かがいる。大きい。すごく大きい灰色の何か。

 ゆっくりと、こちらに向かって歩いてくる。

 いや、動きはゆっくりなのに、あっという間に近づいてきている。

「おいおいおいおい!」

 男は急いで身を起こして、車から飛び出す。

 とっさにスマホを摑んで、巨大な生物を画面に収めようとする。

 画面越しに見た光景は、肉眼で見るよりずっとコンパクトで、まるで現実感がなかった。

 だが、巨大生物が勢いよく自分の上を通り過ぎていくと、あまりの臨場感に息をするのも忘れてしまっていた。

 巨大生物が通り過ぎた後、暫く呆然と空を撮影していたが、我に返る。

「マジか……」

 立ち上がろうと手に力を入れて地面を押そうとする。その時になって漸く自分が尻餅をついていたことに気が付く。

 恐怖で腰を抜かしたのか、それとも大きな揺れで倒れてしまったのか、どっちだろうかと益体も無いことを考えながら立ち上がる。

 男はSNSアプリを起動し、今撮影した動画をアップロードする。

 今起きた出来事を受け止めるために、体が勝手に日々の日常の動作を行ってしまったのだろう。

「ハハハ」

 男は安堵から思わず笑ってしまう。

 男は車に戻り、運転席に深く座り込む。

 クーラーの効いた涼しい車内で、スマホの通知を見て心を落ち着けるのだった。

 ◇

 SNSでは、瞬く間に怪獣の話題で沸騰した。

 巨大な生物を目撃した人が続々と動画を投稿したからだ。

 『怪獣』がトレンド一位に躍り出たが、ネットの声は能天気なものだった。

 > よくできたAI動画だな~

 > 映画の宣伝か?

 > 怪獣の造形、ちょっと微妙じゃない?

 > 待って本物じゃん え え?

 > 現地民です! マジで来てる! 音ヤバい!

 > これ今どこ? 見に行っていい?

 > 非常時に何見に行こうとしてんだよw

 > 怪獣かわいくね?

 > ブサカワと言えなくもないw

 ◇

 危機管理センターに関係省庁の幹部が集まっている。

 官僚の一人がモニターを指した。リアルタイムの空撮映像が映っている。

「外見から察するに脊椎動物です。哺乳類に近い。……生物兵器の可能性は?」

「現時点では断定できません。外国からの兵器であれば防衛出動の根拠になりますが、単なる野生生物の可能性も捨てきれません」

「野生生物……あの大きさで?」

 誰かが舌打ちした。

「防衛出動は駄目か」

「はい。防衛出動は他国からの武力攻撃を前提としています。あれが野生動物であるなら適用はできません」

「治安出動は? 武器使用は認められているはずだ」

「治安出動は、警察では国内の治安維持が困難な場合に発令できます。ただし対象は内乱や大規模な騒擾です。巨大生物相手では適用が難しいでしょう」

「民生支援は?」

「武器使用が認められておりません。熊が民間人を襲った際に自衛隊が駆り出されることはありますが、あれも実態は罠の設置やハンターへの補助をしているのみです」

「現状、自衛隊は?」

「災害派遣として現地へ向かっています。既に先着部隊が市街地に展開し、市民の避難誘導にあたっています。ただし、あくまで救助任務です。武器は持っていません」

「つまり、今すぐ戦える者は誰もいない」

「はい」

 短い沈黙が落ちた。

「……災害派遣の解釈で突破できないか」

 一人の官僚が、慎重に言葉を選びながら言った。

「と、言いますと」

「巨大生物を災害と見做す。その原因を取り除くための道具として武器を使用すれば、災害派遣の枠内で法的に問題はないのではないか?」

「それは流石に……」

「詭弁かもしれないが、筋は通るはずだ。現行法に想定がない以上、今は解釈で対応するしかない。あれは道路や建物を破損しているのだから立派な災害だ。その災害の原因を取り除くために武器を――」

 モニターの向こうで悲鳴が上がった。

 灰色の巨体がビルの一棟に肩をぶつけたのだ。窓ガラスが割れ、コンクリートが剥がれ落ちる。

 ビルは大きく損傷し、今にも崩壊しそうだった。

 議論が止まった。

 ◇

 沿岸部を白い巨体が進む。一歩を踏み出す度にアスファルトが砕け、地面が沈む。

 人影は殆どない。大半の人間は建物の中に身を潜めているのだろう。

 遥はその景色を、360度の視界の中で見ていた。

 逃げ遅れた人間はいないだろうか、と目を走らせるが、少なくとも進行方向の道には人の姿は見えない。

【対象との距離、15キロメートル。対象は市街地を進行中】

「もう市街地に入っちゃった!?」

 視界の北の方角で、小さく白煙が上がった。

【建造物の倒壊を確認しました。被害が発生しています】

 遥の足が速まる。制御フレームが追従し、ロボットの歩幅が大きくなる。地面が深く凹む。

【速度上昇を検知。現在の移動速度を維持します】

「ねぇ! もっと速くならない!?」

【可能です。ただし市街地での走行は周辺構造物への影響が増大します】

 遥は一瞬、躊躇した。

「……走って。ただし、人間が居る建物は避けるルートでお願い」

【了解しました。生体スキャンを実施】

 視界に大小様々な青い人型のホログラムが表示される。対象までの道程に存在する人間を表示しているようだ。

「噓、こんなに居るの?」

 遥は無数の青いホログラムに気圧される。

 だが、この中に自分の両親もいるのだと思い返す。

 どのホログラムが両親なのか、見分けることなどできない。

 だったら――

「――皆だ。皆を守ればいいんだ」

 そう言い終わった次の瞬間、勝手に深い前傾姿勢になっていた。

【ルート最適化終了】

 遥の身体は制御フレームと連動して猛スピードで走りだす。

 遥が制御フレームを動かしているのではなく、制御フレームが遥の身体を動かしている。

「うわぁ~! そっちが操作するとこうなっちゃうの!?」

 マーカーの数値が、急速に減っていく。

 遥は周りを見る余裕もなく、動きの耐えるしかなかった。

【対象との距離、5キロメートル。まもなく視認可能範囲内です】

 遠くに灰色の巨大生物が見えた。周囲のビルに負けず劣らずの大きさであることが分かる。

「うわっ……でかい」

【対象確認。当機の全長と凡そ同じです】

「じゃあ、互角ってこと?」

【対象の戦闘能力は未知数です。間もなく接敵します。ハルカ、準備はいいですか】

 遥は大きく息を吸った。

「押忍!」