第二話 今世の家族

 王都の下町、「職人街」と「冒険者ギルド」の境界に建つお食事処『木陰亭』。

 飴色に磨き上げられた床は歴史の長い老舗の名店を思わせるが、実のところ店主が二代目に代替わりしてまだ一年も経っていない。

 お昼時ともなれば、大勢の客がごった返す。テーブル席はすぐに埋まり、立ち食い用のカウンターは芋を洗うような有り様となる。

 お客さんはお行儀の良い人なんて一握りで、騒がしい男ばかりがやってくる。職人は口数は少ないが頑固者が多いし、冒険者は血気盛んで元気が有り余っている。

 この店は新米冒険者には少々割高だけれど、ちょっと背伸びをして顔を売ったりするために通ってくる新米冒険者も多いのだ。

 とはいえ、皆が皆ご近所さんのようなものであるため、喧嘩が起きることは滅多にない。たまに喧嘩をしても、それはご愛嬌だ。

 そして今はお昼時。お父さんは厨房で大童おおわらわ、お母さんは接客にてんてこ舞いである。

「クセニアさん! ワインのおかわり!」

「はぁい、ただいま」

 お母さんがお客さんにワインを注いでいると、別のお客さんから注文が入る。

「クセニアさん! 卵と羊の腸詰めを追加で!」

「はぁい、卵と腸詰めね~」

 お母さんは厨房前のカウンターまで移動して、木札を二枚置く。木札には卵と腸詰めの絵が焼き印されており、木札を置いた位置でどの席の注文かを判別できるようにしている。

 お母さんはお父さんに注文を伝える。

「デオン! 卵イチ! 腸詰めイチ!」

「応とも!」

 お母さんは普段おっとりしているけど、注文を通す時はゆっくりハッキリ大きな声で話す。それは、お父さんは忙しい時は慌ててしまう性分だからお父さんが聞き間違いをしないように、というお母さんなりの気遣いだ。

「クセニアさーん! こっちも注文!」

「はぁい。ただいま~」

 お母さんは口調だけはゆったりとしつつ、急ぎ足で客席に移動する。

 そして、厨房前のカウンターの端に座っているだけの私にも仕事がある。

「ソフィアちゃん! お会計よろしく!」

 そらきた。私の仕事だ。私はお客さんの顔を見て、何番の座席に座っていたかを思い出しながら返事をする。

「はーい! 一番さんのお会計は~」

 私は厨房前のカウンターに積まれている一番テーブルの木札を手に取り、算盤アバカスを弾いて代金を計算する。

「2ドラです!」

 私は元気よく、笑顔でお客さんに愛想をふりまいた。

 お母さんもお父さんも、私の金勘定と接客については信頼してくれているのだ。

 私は、他の同年代の子供と比べて大人びている。恐らく異国の夢を繰り返し見ているせいだろう。夢の中で自分を俯瞰して観る癖がついたこと、それと、夢の中で得た知識によるもののせいだと思う。

「はい。ご馳走さん」

 お客さんは片手の掌に硬貨を乗せて、私に見える位置に手を差し出す。

「ドラ1枚とオボ6枚、丁度ですね」

 私は両手を合わせてお椀のような形を作る。

 お客さんは、私の小さな手からお金が零れ落ちないよう手を添えながら硬貨を手渡ししてくれる。

 私は受け取ったお金をゆっくり釣り銭箱に入れていく。私の手際はお世辞にも良いとは言えない。

 しかし、急いだせいでお金を落とすと余計に時間を食ってしまうため、どうしても慎重になってしまうのだ。

 お客さんはそんな私を微笑ましく眺めながら待ってくれている。

 

「ありがとうございました! またのお越しを!」

 私はお客さんをお待たせしてしまったことを取り戻すように元気よく挨拶する。

 お客さんは笑顔で出口に向かい、出口付近にいたお母さんに会釈をしてから出ていった。

 私はその後も他のお客さんのお会計をこなしていく。冒険者は早食いが多いので、回転率がよくてお会計も忙しないのだ。

 

 お昼時の山場を過ぎると立ち食いのお客さんが疎らになり、私は漸く一息つく。

 お店の喧騒も収まり、テーブル席のお客さんの会話が耳に入ってくるようになる。

 

「美味い! 親父さんが死んじまった時はどうなるかと思ったが、デオンも腕を上げたもんだなぁ」

「然り然り。先代に勝とも劣らない。『木陰亭』は安泰だろうとも」

 笑い声と食器の音が響く中、職人さんの遠慮のない会話が聞こえてくる。

 私は木札を整理しながら、亡くなったお祖父ちゃんのことを思い出し、厨房に目を向けた。

 炎が上がる厨房は、お父さんにとっての戦場だ。一年前は、あそこにお祖父ちゃんが立っていた。

 お祖父ちゃんは神話の英雄もかくやという逞しい肉体で、重たい鍋も軽々と振っていた。

 お父さんはお祖父ちゃんと比べるべくもなく、相当な細身である。お母さんよりも細いぐらいだ。

 お父さんが鍋を振る姿は、お祖父ちゃんとは違い、重たい鍋に必死に食らいついているように映る。お父さんは調理に必死で、お客さんの様子を伺う余裕もなさそうだ。

 お祖父ちゃんは、お客さんの反応を見たり、調理の合間合間でお客さんに声をかけていたのだけども。

 客席に目を向けると、お母さんがお客さんに捕まっていた。

 お昼時の混雑が収まってくると、お母さんはお客さんによく声をかけられる。

「聞いておくれよ、クセニアさん。こいつぁ、とんでもないポカをやらかしたんだ」

「あらまぁ。そうなの?」

 お母さんは美人だ。ふくよかで包容力があっておっとりしていて、甘やかしてくれそうな雰囲気がある。

 お母さん目当てのお客さんは片手じゃ足りないぐらいだ。

 柔らかな笑顔を浮かべるお母さんは、あちこちで足を止めてはお客さんの話に耳を傾けている。

 お母さんは、自慢話も、愚痴も、全部が全部、親身になって受け止めてしまう。

 お客さん達は満足そうに笑って帰っていく。だけど、当のお母さんは、みんな大変なのねぇ、と溜息交じりに呟いている。

「ふぅ」

 私も、つられて小さく息を吐いた。昨夜の夢を思い出したからだ。

 異国の夢は何度も見てきた。

 夢の中の父は仕事が忙しすぎて帰りが遅く、休みの日には一日中寝ている人だった。

 父は家族のために働いていたはずなのに、家族のことが段々と疎かになっていき、常にイライラするようになってしまった。

 母はそんな夫に対し、腫れ物に触れるように気を遣って生活していて、息苦しそうだった。

 休みの日に家族三人でお出かけすることはなくなってしまい、母もそれに慣れていき、夫婦で会話することもなくなっていった。

 父が転職して余暇ができた時には、夢の中の私は中学生になっていて、夫婦の溝は既に決定的だった。父は今更歩み寄ることもできず、母も父に無関心になっていた。

 夢の中の家族のこの先がどうなるかは、まだ夢で見ていないから分からない。だけど、家族仲が劇的に改善するとも思えない。

 仕事に追われて余裕をなくしていく父と、そんな夫に気を遣って強く言えない母親。

 ぞわりと、寒気がした。このままじゃ、駄目だ。

 お祖父ちゃんが残してくれたお店も、お家も、それだけを守っても駄目なのだ。