第一話 前世の夢

 まただ。また異国の夢。

 公園に小さな女の子を連れたお母さんがいる。休日の昼下がりなのか、家族連れが多い。

 そうだ。女の子のお父さんは仕事で疲れ果てて、休みの日は夕方までベッドから起きてこないのだ。

『お父さんは疲れてるから、公園に行こうね』

 女の子のお母さんは、いつもそう言って公園に連れていってくれるのだ。

 でも、お母さんはいつも寂しそう。

『お母さん、みてみて!』

 女の子はお母さんを笑わせたくて、一生懸命に歌って踊る。以前、お母さんが笑ってくれた、覚えたばかりのお遊戯を。

 ああ、そうか。そうだった。その光景を眺めていて、ふと気がつく。

 お母さんを喜ばせたい一心で、無邪気に踊っている小さな女の子は、私だ。私だった。

 私の踊りを見て、お母さんは目を丸くして、それから、ふわりと優しく微笑んだ。

 けれど、それも束の間。お母さんは笑った顔のまま、目から涙が溢れた。

『ありがとう。ありがとうねっ』

 お母さんは泣きながら、私を痛いくらいに強く抱きしめた。

 夢の中の私はお母さんと一緒に泣いた。お母さんを泣かせてしまった馬鹿な自分が嫌で泣いたのだ。

 でも、お母さんは泣いている私を見兼ねて謝ってしまう。

『ごめんね。嬉しいの。お母さん、嬉しすぎて泣いちゃったの』

 夢の中の馬鹿な私は、お母さんの言葉を鵜吞みにして、泣き止むところだ。

 けれど、今の私にはわかる。

 お母さんは、幼子に気を遣わせてしまったことに対して、自責の念に苛まれている。

 お母さんが内心思っていることはきっとこうだ。

『私は三歳の子供に気を遣わせてしまう駄目な母親だ』

 夢の中の私はすっかり泣き止んで、また、一生懸命に歌って踊り始めた。

 お母さんは、今度は涙を流さずに笑顔で手拍子をしながら一緒に歌ってくれる。

 お母さんは壊れる寸前だ。優しさが裏目に出て、家族が少しずつ壊れている。

 私は叫んだ。

「やめて!踊らないで!」

 私の声は届かない。夢の中の私は馬鹿みたいに踊り続ける。そして、お母さんに笑顔を無理矢理作らせている。

 この先の未来も、私は知っている。あんなのは、絶対に、絶対に……。

「……嫌っ!」

 私は弾かれたように身を起こした。

 月明かりが射す薄暗い部屋。枕はじっとりと濡れている。荒い呼吸が段々と収まってきた。

 ここは、王都の下町にあるお食事処『木陰亭』の二階。家族三人で寝る寝室。

 左右には両親が寝ている。夢の中の家族とは似ても似つかない。

 私も、夢の中の女の子とは全く違う容姿である。それなのに、夢の中では自分だと違和感なく思えてしまうのだから、夢というのは不思議だ。

 なんだ夢か、と人心地が付くと、今度は気が緩んで涙が出そうになってしまう。

「ソフィ? また怖い夢?」

 左隣で寝ていたお母さんが寝ぼけながら身を起こし、ふくよかで柔らかな腕で私をぎゅっと抱きしめた。

 お母さんは私を抱きしめたまま、ぼふっと、ベッドに倒れるように横になった。

 右隣で寝ていたお父さんはなにも気付くことなく、いびきをかいて熟睡している。

「うん。いつもの夢」

 私は、お母さんの大きな胸に顔を埋めて、目を瞑り、いつでも寝られるように楽な体勢を探して身動ぎした。

「怖いのは嫌よね〜。お母さんも楽しい夢を見たいわ~」

 お母さんは欠伸をしながら私の背中をさすり、そのまま直ぐに寝息を立て始めた。

 大好きなお母さん 。けれど、目の下には隈があり、疲れているように見える。

 私はお母さんの腕の中で寝返りを打ち、お父さんの顔を繁繁しげしげと眺めた。

 お父さんも同じだった。真面目で責任感の強いお父さんは、最近ずっと眉間に皺を寄せているせいか、皺が深くなってきている。

 ふと、先ほど見ていた夢の光景が脳裏を過った。

 忙しすぎて、すれ違い、互いに傷つけ合ってしまった夢の中の家族 。

 お父さんとお母さんが、あの夢の人たちと重なって見えた 。

 「……絶対に嫌!」

 私は六歳の小さな拳をぎゅっと握りしめ、どうしたものかと考えているうちに、いつの間にか眠ってしまったのだった。