第九話 尋問

 遥と両親はそれぞれ別の天幕へと案内され、各人ごとに尋問を受けることになった。

 尋問は一対一で行われるらしい。

 遥はパイプ椅子に座り、折り畳みの簡易テーブルを挟んで尋問担当の女性と向かい合っていた。

「疲れたでしょ? お水は?」

 女性はそう言いながら、ペットボトルの水を差しだした。

「あ、いただきます」

 女性はにっこりと笑みを浮かべて、遥にペットボトルを手渡す。

 遥は喉がカラカラだったことを今思い出したかのように、ぐびぐびと飲んだ。

「遥ちゃんだよね? ごめんね、時間を取らせて。私は鳴海なるみ。これから事情聴取させてもらうからよろしくね」

 鳴海はフレンドリーにそう言って、にっこり笑う。

 遥は水を飲んでいる途中に会話が進んだので、慌ててペットボトルのキャップを閉めてから答える。

「あ、いえ。こちらこそよろしくお願いします」

「高校生だよね? 何年生?」

「高一です」

「部活は入ってるの?」

「空手部です」

「空手! 高校に入ってから始めたの?」

「いえ、子供の頃から近所の道場で習ってました」

 遥は緊張して端的な返答しか出来なかった。

 鳴海はそんな遥を解そうと明るく振る舞う。

「そうなんだ! すごいね! 私は高校生の時は弓道部だったの。なんだか通じるものがあるよね。ほら、どうって付いてるし?」

 鳴海は、冗談を言いましたよ、という風におどけてみせた。

 遥は愛想笑いをしながら、相槌を打つ。

 それから暫く、他愛のない話が続いた。学校のこと、友達のこと、最近ハマっているアニメのこと。

 遥の緊張がすっかり解れ、遥は自分が好きな物について話すのに興が乗っていた。

 鳴海はそんな遥の話に相槌を打ちながら、時折、手元のファイルに目を落としていた。

 遥は気にしていなかったが、その資料には遥の情報が記載されており、鳴海は遥の話に偽りがないかを確認していたのだった。

 遥の話が一段落すると、しばしの沈黙があった。

 そして、鳴海はファイルをテーブルに置き、姿勢を正し口調を切り替える。

 アイスブレイクの時間が終わり、本題に入る。

「改めまして、昨日の出来事を最初から教えていただけますか」

 遥も鳴海の意図を察して、背筋を伸ばして応じる。

「はい。昨日の夜は深夜アニメを見ていて、それで——」

 遥はアニメの内容にまで言及して、それはもう事細かく説明した。

 アニメのAパートの話が終わったあたりで、鳴海がふっと笑った。

「……分かりました。では、今度は今朝のことを教えてください」

 鳴海は柔和な笑顔のままやんわりと話を切り替える。

 遥は「あ、そうですよね」と頷いた。流石にアニメの内容まで説明する必要はなかった、と思い至ったのだった。

「ええと。今朝は十時過ぎに起きて——」

 遥は今朝のことを順番に話していく。朝食を食べて、自転車で通学して、通学路はどの道で、などなど。

 そして、巨大ロボットとの遭遇のあたりまで話が進む。

「ロボットには、自分で乗ったんですか?」

「はい。自分の意志で乗りました」

「それは何故ですか?」

「何故? それは……手を差し出してきたので」

 遥は、疑問の余地があるのだろうか、と首を傾げた。きっと自分の説明が不足しているのだろうと思い、言葉を続ける。

「ほら、ロボット物のアニメだとよくあるじゃないですか。差し出されたら乗っちゃいますよね?」

 鳴海は困ったように苦笑いした。

「……なるほど。なぜ自分が選ばれたと思いますか?」

「見当もつきません」

 遥は自身に思い当たることがないので、巨大ロボットと遭遇した場面を思い出しながら続ける。

「偶々じゃないですか? あの場には確か私の他に数人しか居なかったと思うので、ランダムで選ばれたとか?」

 遥の憶測に対して、鳴海は「うんうん」と相槌を打ちながら頷いた。

 ファイルに何かを書き込みながら鳴海が質問を続ける。

「なるほど、他にもロボットがやってきた場面に居合わせた人が居るんですね。……お知り合いの方でしたか?」

「車に乗ってて、男の人だってような。……すいません。よく覚えてないです」

 遥は思い出そうとしても思い出せず、かぶりを振った。

 鳴海は「構いませんよ」と朗らかに応じて、質問を続ける。

「ロボットとは意思疎通できましたか?」

「はい。女性の声で……日本語で話をしました」

 鳴海は「ほう」と呟きながら、キラリと眼光を鋭くし、前のめりになって尋ねる。

「どんな声でしたか? どんなやりとりをしましたか? 自己紹介は? 所属は?」

「あー、えーと……」

 遥は、鳴海が余りにもグイグイと質問してくるので、何から答えたものかと目を泳がせた。

「失礼しました。順番に一つずつ答えてください」

 鳴海は咳払いを一つして、遥を促した。

「はい。えーと、まず声は、人間じゃなくて機械が喋ってるって思いました。なんでそう思ったかと言われると確証はないんですけど」

「なるほど。なにを聞かれましたか? もしくは、なにを言われましたか?」

「なんだったかな……。こちらのことなんてお構いなしで勝手に色々と喋ってたんですよ。アイリスの奴」

「アイリス? それがあのロボットの名前ですか?」

 鳴海は、やっと重要な情報が聞けたとばかりに、遥の目を真っ直ぐ見つめて尋ねた。

「いや、私がそう呼んでるだけなんですけどね?」

「そうですか……」

 遥がそう言うと鳴海は目に見えて落胆した。

 遥はそんな様子を見兼ねて説明を重ねる。

「うーん。これは話が前後しちゃうから最後に言おうと思ってたんですけど、私、コックピットから降りる途中で名前を聞いたんですよ」

「ほう! 名前を!」

 鳴海が興味津々の様子になったのをみて、遥は気分を良くして続ける。

「ええ。そしたら型式番号は『I.R.I.S-01』だって言うんです」

 遥は少々熱くなって、語気が強くなる。

「ほら、型番で呼ぶなんて味気ないでしょう? だから勝手にアイリスって呼んでるんです!」

 遥がそう言うと、鳴海は「アイ・アール・アイ・エス・ゼロワン」と何度も復唱しながら、思案している。

 遥はその様子を見て、勝手に話を続けた。

「分かります。分かりますよ。懸念はありますよね?」

 遥は、皆まで言うな、とばかりに鳴海に向かって手の平を突き出した。

 鳴海は、はてな、と思いながらも遥の言葉を待つ。

「アイリスじゃなくてイリスじゃないか、と。そう思ったんですよね? アイリスかイリスか、それが問題だ、と」

「いえ、それについてはアイリスで結構です」

「あれ? そうですか?」

 遥は腑に落ちない様子で首を傾げた。

 鳴海は「そんなことより」と前置きして質問を続ける。

「あなたは、ロボット……アイリスの型番に思い当たることはありますか?」

 鳴海は遥に合わせて巨大ロボットのことをアイリスと呼ぶことにした。

「まさか。全く分かりません」

 遥は首を横に振り、続ける。

「ただ、名前を聞いたのに型番を答えたってことは、ちょっと引っかかりますけどね」

 鳴海は「ふむ?」と小さく呟いて、目配せで続きを促す。

「ほら、一点物で唯一無二のロボットには名前が付くじゃないですか。ロボットの名前がそのまま作品名になってたり」

 遥は腕を組み、訳知り顔で続ける。

「逆に、ロボットが量産されてる世界観だと型番だったり製品名で呼ばれるじゃないですか」

 遥は鳴海の反応を片目でチラリと伺いながら、続ける。

「私は、アイリスは一点物だとばかり思ってたんですけど、型番があるってことは量産型だったんだなぁ、と。ちょっとがっかり? みたいな?」

 遥は、やれやれ、といった表情で肩をすくめてみせた。

「なるほど、そういう考えもありますね」

 鳴海は首を斜めに振って、肯定も否定もしなかった。

 ◇

 その後、遥はコックピットやパイロットスーツの様子、巨大ロボットの操作方法、アイリスの発言内容等々、尋ねられるままに答えていった。

 どれだけ時間が経ったか分からない。天幕の中には時計が無く、遥は腕時計もスマホも持っていなかったからだ。

 遥はいい加減疲れてきたところで、鳴海は最後の質問を投げかけた。

「巨大生物に捕食された人間がいます。ご存知でしたか?」

 鳴海に叱責の意図はなかったが、遥は責められているように感じた。

 遥は少しだけ黙ってから、鳴海を真っ直ぐ見つめて答える。

「……はい。アイリスの中から見ました」

「なるほど。把握されていた、と。しかし、戦闘では巨大生物の胴体を攻撃されていましたね?」

「はい」

「捕食された方々の救助を試みましたか? 救助したくてもできない状況でしたか?」

 遥は少し黙ってアイリスとのやり取りを思い返した。

「……アイリスが、食べられた人はもう死んでるって言ったので」

「正体不明のロボットからの情報を、なぜ信じられたのですか?」

「それは、なんでだろう……」

 遥はアイリスとのやりとりを思い返し、その時の自分の考えを言葉にしようと考えを巡らせる。

 鳴海は静かにその様子を見守っている。

 暫く考えた末に遥が口を開く。

「アイリスは初めから怪獣を倒すことを目標にしていました。そして怪獣は人を食べました。だから怪獣は敵で、それを倒そうとするアイリスは味方だ、と。無意識にそう思っていました」

 遥は、自分の思いや考えが正しく言葉に出来ているかを確認するように、ゆっくりと語った。

 鳴海にとっては凡そ予想通りの答えだったようで、頷きながら促す。

「なるほど。共闘するなら味方だろう、と」

「はい。つまり、味方の言葉だから信じたんだと思います」

 鳴海は「うんうん」と相槌を打ちながら、ファイルにペンを走らせる。書き終えると顔を上げ、遥の目を見て口を開いた。

「因みに、捕食された方々のご遺体を回収しようとは考えませんでしたか?」

 遥はハッと目を見開いた。助けられなかったことに対する無念はあれど、遺体を回収しようと考えていなかったことに、ここにきて漸く思い至った。

 遥は申し訳ない気持ちで一杯になり、俯いた。

「全く、考えてませんでした」

「そうですか」

 鳴海はただファイルに何かを書き込む。

 遥は言い訳するように早口で付け加えた。

「そもそも、アイリスが怪獣を回収するなんて想像もしてませんでした。怪獣の死骸は人間が解体するだろう、と。なんとなく思っていたので。ご遺体が回収できなくなるなんて、想像もしてませんでした」

 鳴海には遥の責任を追及する意図はなかったが、当の遥はすっかり気分が沈んでしまう。

 ファイルへの記入が終わり、顔を挙げた鳴海はそんな遥の様子を察して口を開く。

「勘違いして欲しくないんですが、あなた褒められこそすれ、責められることはありません」

 遥は黙って聞いている。

「あなたはただの一般人で、しかも子供です。国防の責務なんてあろうはずもない。あなたは本来守られる側です」

 鳴海はそう言うと、自分の発言に矛盾があることに気が付いて小さく噴き出した。

「責められることはないと言いましたが、怒られはするでしょうね。『子供が危ないことするんじゃない!』と。お母様から」

「確かに!」

 遥は、それを失念していた、とばかりに目を見開く。

 そんな遥の顔を見て、鳴海はまた笑った。二人は顔を見合わせて暫く笑い合う。

 遥は、鳴海が努めて明るく振る舞っていることに気付いていた。

 その気遣いを感じて、遥の気持ちは幾分か軽くなったのだった。

 ◇

 尋問が終わり、遥と両親は自宅まで送迎してもらえる運びとなった。

 烏丸は「ご協力いただいたお礼」と言っていたが、遥の母はその言葉を信じきれてはいない様子で運転手や周囲を警戒している。

 遥たちは政治家が乗っていそうな黒塗りの車に乗り込み、車の後部座席に三人横並びに座る。

 窓際に両親が座り、両親に挟まれるようにして遥が真ん中に座ることになった。

 遥は車酔いしやすい体質なので窓際の席に座るのが暗黙の了解だったのだが、母の過保護な様子に苦笑いを浮かべる。

 烏丸が車の外から深く礼をすると、運転手は車を発車させる。

 すると間もなく、遥は口を開けたまま舟を漕ぎ始めた。

 夜更かしによる寝不足。非日常体験の興奮からの脱力。遥が間抜け面で居眠りするのも無理からぬことであった。

 そんな遥を見て、母は緊張感のない娘に呆れた顔をし、父は笑いながら「大物だなぁ」と呟く。

 その後、運転手も両親も誰も喋ることなく車は進む。

 怪獣と巨大ロボットの影響で建物や道が破損していて、想像よりも長い道のりとなった。

 数時間程が経った。

「遥! ほら、起きなさい!」

 母がドアの外から遥の肩を揺らして起こす。

「んあっ? もう家?」

 遥は口から垂れた涎を手で拭いながら母に尋ねる。

「違うわよ。ほら、これあんたの荷物でしょ」

 母が指し示したのは、通学路に放置していた自転車と荷物一式。

「あっ! よかった~!」

 遥はスクールバッグに駆け寄り、スマホと財布を確認し、なにも無くなっていないことに安堵する。

「よく全部そのままで残ってたわね」

 母は呆れたような感心したような、どちらとも取れる表情で遥に言った。

「じゃあ自転車もあるし、ここからは歩いて帰ろうか」

 父がそう言うと、母も「ええ」と頷いた。

 三人は運転手に礼を言って車を見送り、家の方向へと歩き出す。

 家までの道すがら、母は遥を質問攻めにした。

 一体何があったのかと詰問し、やはり無鉄砲だったと知ると、母は怒髪天を衝いた。

 遥は家に帰るまで「ごめんなさい。私が悪いです」を繰り返す機械ロボットと化したのだった。