第六話 前世の夢 十四歳

 またいつもの異国の夢。見慣れた夢。

 私は、ファミリーレストランに一人で居た。

 テーブルには飲み物と、ノートと筆記具。それだけ。食べ物は無し。

 私――いや、夢の中の女の子は、ストローを咥えて飲み物を飲み、顔を顰めた。すっかり氷が溶けていたようだ。

『もうこんな時間?』

 勉強に集中しすぎて時間を忘れていた女の子はそう呟くと、小さく溜息をついて、背もたれに身体を預けた。

 女の子はドリンクバーに飲み物を取りに行くのも億劫で、ぼーっと天井を眺めていた。

 ――隣の席から声が聞こえた。

 女の子が少し頭を傾けて隣の席に目をやると、二人の若い男が向かい合って座っていた。

『お前さ、レポートの進捗どう?』

『まだ全然。締め切りって今週末だよな? やべぇわ』

 気怠げにぼやいている二人。

 女の子は天井を見上げ、目を閉じる。何とはなしに隣の声を聞き流す。

『つーかさ、オール明けであんまり授業聞けてなかったんだけど、まずニーチェの背後世界って何?』

『あー。要は、俺らが「こうあるべき」って信じてる理想とか、社会的に良いとされてる価値観のことらしい』

『社会的に良いとされる?』

『うん。例えばさ、大手企業に就職して目一杯お金を稼いで早く結婚して子供を作るのが理想の人生、みたいな?』

『あー。確かにそういう理想像ってあるわ』

 女の子は目を開けて、眠気を振り払うように頭を振った。そしてシャープペンシルを握って勉強を再開する。

 隣の席の会話は変わらず続いている。『背後世界』や『虚無主義ニヒリズム』、『末人まつじん』、『超人』といった耳慣れない言葉が飛び交っている。

 女の子は勉強に集中していて、隣の席の会話は耳に入っていないようだった。

 私は女の子の勉強の様子を眺めるのに飽きて、隣の席の会話に耳を傾けることにした。

 ――どれぐらいの時間が経っただろうか。

 隣の席の二人は会話を終えて、席を立ち、会計カウンターへ向かう。

 女の子は隣の席の二人が席を立つ気配を感じて、顔を上げた。窓の外を見るとすっかり暗くなっている。

 女の子は慌てて腕時計を見た。

『ヤバッ! 帰らないと!』

 そう言って、女の子は急いで勉強道具をカバンに詰めて、店を出て行った。

 ◇

 目が覚めた。

 私はベッドの中で、ぐぐぐぐっと伸びをした。手足を広げてもベッドには私一人だけ。お父さんとお母さんはもう起きているらしい。

 なんだか変な夢を見た気がする。けれど、内容はもう霞がかっている。

 体を起こしてみると、私は枕に足を乗せていた。何故、人間は寝る時と起きる時で頭と足の位置が逆になるのだろう。奇妙な話だ。

 私が寝ぼけた頭で益体もないことを考えていると、夢のことなど気にならなくなっていた。

「……ま、いっか」

 私は欠伸をしながら、ポリポリと頭を掻いて、ベッドから降りた。

 素足に伝わる床の冷たさが心地良い。窓から差し込む朝日が、部屋の中に温かい四角を作っている。

「ふむ。本日は晴天なり!」

 私は階段を降りて、厨房で仕込みに励むお父さんに駆け寄った。

「お父さん、おはよう!」

「おはよう、ソフィ。今日も早起きだな」

 お父さんは手を止めずに振り返り、にっこりと笑った。

「何かお手伝いする!」

「じゃあ、お母さんを手伝ってあげて」

「うん!」

 私は客席のテーブルを拭いているお母さんの元へ向かった。

「お母さん、おはよう!」

「おはよう。ソフィ、先に顔を洗ってきなさい」

「は~い!」

 私は洗面所へ急いで向かった。

「こら! 走らない!」

 お母さんの声が背後から聞こえる。私はゆっくり歩いて洗面所へ向かう。

 夢のことは、もうすっかり頭の隅に追いやられていた。